ヒプノサロン【PONO】代表
白銀凛紹介
白銀凛
1978年10月7日生まれ O型
From白銀凛
2010年7月3日(土)
PM16:06分
東京都立川市自宅
20年間の孤独な闘病生活
私の過去20年間の人生は、心と体の病気の連続でした。
うつ病。
強迫性障害(強迫神経症)。
依存症(恋愛、性など)。
対人恐怖症。
自傷行為。
内臓の疾患。
耳鳴り、幻聴。
神経痛、ストレス障害。
顔面神経痛。
脂漏性皮膚炎(頭皮)。
身体的コンプレックス。
どもり、吃音。
あがり症・・・
その他にも実に様々な心と体の問題を体験してきました。
お姉ちゃんの突然の自殺
私が小学生の頃、大好きだったいとこの姉が、
真冬の北海道の海で飛び込み自殺しました。
原因は統合失調症だと考えられていますが、
唯一、私が心を開いていた姉の死は、
小学生の私には深い心の傷を残しました。
姉の死後、私の心の病気は悪化し、
姉を自殺に追い込んだ幻聴が、
なぜか私にも聞こえるようになりました。
その幻聴の言葉を今思い出しただけでも、
背筋がゾッとし、胸からお腹がギュッと
締め付けられるように緊張し、苦しくなります。
本来ならその時、私の両親に
ありのままの気持ちを伝えることができたら、
どんなに楽だったことかと思います。
でも、私は幼い頃から両親に、
私の気持ちを理解されていると感じた
体験があまりありませんでした。
そのため、
「結局、両親に話しても、私の気持ちを否定されるだけで、
私の気持ちは理解してもらえない」
と思い、一度も両親に私の本音を
打ち明けることはできませんでした。
両親や周囲の人間に内緒で、
病院に行くことも何度か考えましたが、
周囲の人間に知られた時、
どう思われるのかが怖くて行けませんでした。
「私のことを否定されたらどうしよう」
「無視されたり、バカにされるかもしれない」
私の心の中はいつも、自分が自分自身のことを
どう思うのではなく、周囲の人間が私のことを
どう思っているのかで、不安と恐怖でいっぱいでした。
いとこの姉が生前、地元の病院で
入退院を繰り返し、私の母親から
心の病気について否定的な考えを聞かされていたので、
それも私が病院に行けなかった原因かもしれません。
いつしか私は、私の心と体の問題の答えを
本に求めるようなりました。
精神医学、東洋医学、心理学、自己啓発。
私の問題を解決してくれそうな本を見つけては、
藁にもすがる思いで本を購入し、
1人で黙々と毎日深夜まで、
ひたすら本を読み続けました。
本だけではありません。
カウンセリング、ヒーリングのセミナーにも参加し、
必死になって問題の答えを求めていました。
「もしかするとこの本に、私が探している答えが
見つかるかもしれない。」
結局、100冊を超える本を読みましたが、
私はその答えを見つけることができませんでした。
「こんな苦しみがこの先もずっと続くなら、
最後に自分が好きなことを思いっきりして、人生を終わらせよう」
と、短期的快楽を満たすことを求め始めました。
恋愛、セックス、お酒、タバコ。
「ほんの一瞬でもいいから、この苦しみから逃れたい」
私は狂ったように、私に快楽を
与えてくれるものを追いかけていました。
誰かと一緒にいると、その時は
確かに私の気持ちは少し楽になりました。
でも、24時間誰かと一緒にいられるわけでも、
刺激的なものをやり続けることはできません。
どんなに一瞬的な快楽を満たしても、
現実逃避しても、限界があることに
気づき始めました。
また、性欲に支配されている自分に
虚しさと嫌悪感を抱くようになりました。
何か心の深い部分で満たされない。
楽しいけど、充実感がない。
セックス、性に対する罪悪感と自己嫌悪。
日に日にエスカレートする性への刺激。
どんなに満たそうとしても、決して満たしきれず、
繰り返し起こる欲求への葛藤。
「私は何のために生きているのだろう」
「私はなぜ生まれてきたのだろう」
「私は今のまま変われないまま、
人生を終えていくのだろうか」
「私の心の病気は本当に治るのだろうか」
私は書籍、カウンセリング、ヒーリングに
ほぼ全てのお金を費やしてしまいました。
皮肉なことに、私の心と体の病気は、
私が治そうとするほど、悪化していきました。
そんな自分がなんだか許せなくなり、
自己否定するようになりました。
この頃から私は少しずつ、
一瞬の快楽を与えてくれること以外に、
その答えを求め始めるようになっていきました。
人間失格
私は心と体の問題を抱えたまま、
社会人になりました。
社会人になると学生の頃のように、
自分のペースで作業を進めることが
難しくなります。
気が弱く、劣等感の塊だった私は、
会社の中で自分で考えて行動することが
苦手でした。
相手に嫌われたくないという気持ちから、
自分の考えや気持ちを押し殺してまで、
相手に合わせていました。
その結果、毎日仕事が終わり
自宅に着くころには精神的なストレスで
ぐったり疲れ果ててしまい、
何もやる気がおきませんでした。
また物覚えが悪く、メモを取りながら
必死に言われたことを書き留めていましたが、
それでもなかなか仕事を覚えられませんでした。
「何度も同じことを言わせるな」
「お前は物覚えも悪いし、動きも遅い」
「お前は仕事ができないな」
繰る日も繰る日も、同じことをミスし、
そのたびに上司に怒鳴られていました。
極度の恐怖とストレス状態により、
頭が真っ白になりパニックに
なるようになりました。
自分でどうしたらいいか考えようとしても、
どんなに頑張っても考えられず、
頭も働きませんでした。
一度荷物をまとめ、職場からこっそり、
逃げ出したことがありました。
でも、当時北海道から上京したばかりで、
金銭的な余裕がまったくなく、
泣きながら職場に戻ったこともありました。
私は東京の就職先に提出する書類、
東京でアパートを借りるのに、
連帯保証人が必要でしたが、
お願いできる知人が1人もいませんでした。
そのため、連帯保証人の紹介サービスを利用し、
約10万円の契約金を支払いました。
また、東京は地方と比べると、
交通費にお金がかかったり、
物価も若干、高くなっています。
上京前、私は2つのアルバイトを掛け持ちし、
朝から夜遅くまで、貯金のためひたすら働きました。
それでも東京に来て最初の1カ月目で、
銀行の残高はわずか2000~3000円。
毎月の月収は約15万円。
その頃、私と両親の関係は最悪で、
私は一言も告げずに、実家から逃げ出すように、
1人で東京に出てきたので、
実家に戻ることもできなかったのです。
「このまま実家にいたら、両親に殺されるかもしれない」
私は精神的に限界まで追い込まれ、
一度、市役所の福祉課に相談に
行ったことがありました。
突然両親がどなり声を上げ、
私の部屋の戸を無理やりあけ、
激しく怒鳴り散らされたことがありました。
私は最初、警察に電話しようかと思ったのですが、
まずは市役所の福祉課に電話しました。
結局、福祉課に相談に行ったのですが、
「私たちは何もできないので、警察にご相談下さい」
と言われました。
最後に相談役の男性職員が、
私に笑顔でこう告げました。
「もっと両親を大切にし、感謝した方がいいですよ」
私は相手からこの言葉を聞いた瞬間、
心をすっかり閉ざしてしまいました。
「この人も結局、何1つ私の家族関係、
そして気持ちを理解してくれなかった」
相談後、私は深い絶望感と、
誰にも気持ちを理解してもらえないことに、
悲しみと怒りを感じました。
悪魔のカウンセラー
私の仕事は12~30時間の拘束時間で、
私は劣悪な労働環境と職場のストレスにより、
極度の恐怖と、不安に襲われるようになりました。
極力節約し、生活費をギリギリまで
切りつめていたのですが、当時、
カードローンの支払いが残っていたので、
現金ではなく、カードで買い物をするようになりました。
そうすると、気がつかないうちに、
毎月の借金が増えていきました。
市民税などの国への税金の納付も、
日を追うごとに追いつかなくなりました。
毎月のカードローンの返済、税金は、
どんなに私の月収が低くても、
支払いを待ってくれません。
それどころか、延滞金、利子が上乗せされ、
返済が難しくなっていきます。
私は最後の藁をつかむつもりで、
あるカウンセリングサービスに
夜中、電話したことがありました。
私の願いはただ1つ。
「誰かに今の私の気持ちを分かってほしい」
「ただ私の気持ちを無条件で受け止めてほしい」
プロのカウンセラーなら、無条件で私の存在を肯定し、
受け入れてくれるに違いないと信じ、
私は1人の女性カウンセラーに、
私の素直な気持ちを語りました。
でもそんな私の希望は、
一瞬にして粉々に砕け散りました。
ある程度、私の本音を聞いたそのカウンセラーは、
私にこう告げたのです。
「よくもそんな考えができるわね!」
まるであなたの考え方は間違っている、
ということを、荒々しい口調で説明されました。
約30分の電話カウンセリング後、
私は重い気持ちのまま、電話を切りました。
その時、私はある1つのことを
自分の心の中に堅く誓いました。
「私と自分と同じように悩んでいる人の気持ちに
真剣に耳を傾け、 その人の気持ちを否定するのではなく、
その人の気持ちに歩み寄ろう。
そしてほんの少しでも、その人にとって
光を与えられる人間になろう。」
私がそのカウンセラーから求めていたものは、
アドバイスでも説教でもありません。
ただ、私の言葉を黙って聞いてほしかったのです。
うなずいてもらえるだけで良かったのです。
メンターとの奇跡の出会い
その後私は催眠療法士の資格を取得し、
2006年4月、セラピストとしての活動を
開始しました。
催眠療法により、私の心や体の病気は、
日に日に快方に向かっていきました。
なぜ催眠療法が私に効果的だったのかは、
私の無意識の中にあった問題の原因を、
根本から癒すことができたからです。
しかし、催眠療法により、すぐに私の心や体の問題が
良くなったわけではなく、ある程度回復するまで、
数年の月日がかかりました。
そして今の私にとってもう1つ、
私の人生に奇跡をもたらすことになる、
1人のメンターとの出会いがありました。
メンターとは、私の成長を真剣に考え、
私が望んでいる結果を手にするために、
私より0.5歩先を進み、リードしてくれる存在です。
メンターに出会う前にも、
私には目標とする人、尊敬する人が数人いました。
ですが1つだけ、私が悩んでいたことがありました。
それは、「自分が望んでいる結果がでない」
ということでした。
「どうすれば、理想の人生を実現し、
私が望んでいる結果を手に入れられるのだろう」
「今の自分を変えるにはどうすればいいのだろう」
「人生をもう一度、やり直せるだろうか」
私は約20年間、この問いの答えを探し続けていました。
2009年の秋。
その答えを私の中から引き出してくれた、
今のメンターに出会いました。
実は私はメンターに、
私がその人をメンターにしていることを
まだ一度も伝えたことがありません。
メンターに高いコンサルティング料を
払ってもいませんし、直接会ったことは、
まだ1回しかありません。
2010年2月。
都内のある場所で、メンターに始めて会いました。
メンターは自分から右手を差し出し、
私に握手を求めてくれました。
私は自分の右手をそっと差し出し、
メンターと握手した時、
メンターは私にこう一言語りました。
「大丈夫。きっとうまくいきます」
落ち着いた自信に満ちた、
まるで人生の何かを悟った微笑みを浮かべ、
私の目を穏やかな表情で見つめていました。
私はその時、このように感じました。
「この人は本物だ。
これからもずっと、メンターを信じついていこう。」
メンターと話した帰り道、
私は駅に向かう道をゆっくり歩きながら、
私は次のような決意を胸に秘めていました。
「私は今日ようやく、本当の意味で
人生のスタートラインに立てたんだ。
これからは1日0.1ミリ、メンターに近づきながら、
私もメンターのように、誰かの成長を心から願い、
その人が望んでいる結果へと導いていけるような人間になろう。
過去の私と同じように、心や体の病気で
悩んでいる人がいたら、ほんの少しでも
その人に光を与えられるような人間になろう。」
これがセラピストとしての、
今の私のミッション(使命)です。
催眠療法とたった1人の人間との出会いが、
私の人生を変えました。
人は人間関係の中で傷つき
人間関係の癒される
セラピストとしてのミッションを発見してから、
私は少しずつ、クライアントの中から
問題の答えを引き出せるようになりました。
過去にクライアントと同じ悩みを
体験してきたからこそ、
私はクライアントの気持ちを
深く理解することができるのです。
そしてただ単に、クライアントの気持ちに
共感したり、理解するのではなく、
クライアントが自分の気持ちを理解
されていると感じてもらえるのだと思います。
私はクライアントとのカウンセリングを通し、
私自身の心も癒されていることに
ある日気が付きました。
「人は人間関係の中で傷つき、
人間関係の中で癒される」
今の私はこのように確信しています。
人は変われる
催眠療法とメンターと出会い、私の人生は大きく変わりました。
今はやりがいを感じることを仕事とし、
毎日が充実しています。
まだ完全にではありませんが、
今の自分を少しずつ許し、
大切にできるようになりました。
ですが、私の人生の全ての悩みが
消えたわけではありませんし、
今の私にも悩みはあります。
人間の悩みはティッシュ箱に似ています。
1枚ティッシュを取り出すと、
すぐに次のティッシュがでてきます。
最近、何人かの方から、
次のような質問がありました。
「凛さんのように心の傷を乗り超えるには、
どうしたらいいのでしょうか?」
私はその答えは、人との出会いだと思います。
私は過去20年間、人生のどん底を
生きてきましたが、今振り返ると、
私には1つだけ恵まれていることがありました。
それが「人との出会い」です。
今のあなたはもしかすると、
ほんの少し前の私と同じような
心と体の問題を抱えているかもしれません。
誰にも気持ちを理解してもらえず、
孤独で辛い日々を過ごしているかもしれません。
私自身、そのような体験をしてきたので
あなたの気持ちが深く理解できます。
今はきっと、あなたが変われることが
信じられないかもしれません。
私もそうでした。
「私は一生変われないまま、自分の人生を終えていく」
「私の心と体の問題はきっと治らない」
「私は自分を許せないし、幸せにもなれない」
ずっとこのように思っていました。
私には特別な才能や能力が、
何1つありませんでしたし、
むしろ他の人に比べると、
劣っていた部分がたくさんありました。
今は実家に住んでいる両親と和解し、
お互いに連絡を取り合うまで、
関係を回復することができましたが、
数年前まで、両親との関係は最悪でした。
今なら人間関係に恵まれていたと
感じることができまずが、
過去に大きな失恋を体験したり、
信じていた人に騙され、裏切られた体験もあります。
でも、私は催眠療法と
たった1人の人間との出会いで、
自分を変えることができました。
人生をやり直すことができました。
自分を許し、小さな幸せを手にしました。
ですのであなたもきっと、
私と同じように変わることができると、
私は心から信じています。
大切なことは、今のあなたが
どのような状態にあるかではなく、
どこに進んでいるかだと思います。
私とあなたは同じ人間です。
ですのであなたもきっと、
自分を変えることができるし、
人生をやり直すこともできます。
私は1人のメンターと出会い、
心や体の傷から乗り越えてこれました。
もしかすると、あなたと私との出会いが、
あなた自身を変えるチャンスかもしれません。
もしくはこの先、別の人とでの出会いが、
あなたを変えるきっかけになるかもしれません。
正直、私にはその答えは分かりませんが、
1つだけ、私があなたに
自信を持ってお伝えできることがあります。
それは、
「たった1人の人間との出会いで、
あなたが変われる可能性がある。
そしてその出会いはあなたの人生の中で必ず訪れる」
ということです。
私のセラピストとしてのミッションは、
過去の自分と同じ悩みを抱えている人々を救い、
光を与えることです。
もしあなたが今、私と同じ悩みを抱えているのなら、
私はできる限り、あなたの力になりたいと
心から感じています。
あなたは1人ではありません。
例え今、あなたの気持ちを理解してくれる人が
あなたの周りに1人もいなくても、
私はあなたの気持ちを真剣に理解します。
あなたの存在、考え、生き方を
否定することはありません。
ですのでいつでも安心して、
気軽にご相談してほしいと思います。
過去に今のあなたと同じように、
自分を変えられず悩んでいた人々がいます。
そのような人々が私と出会い、
どのように変わっていったのか、
このサイト左上の「クライアント様の声」
に掲載しています。
是非一度、自分を少しずつ変えていった
人々の声をあなたにも読んでほしいと思います。
最後まで私の文章を読んでいただき、
ありがとうございました。
白銀凛
♦セラピストとしての経歴
2006年4月より、東京都を中心とし、ヒプノセラピスト(催眠療法士)として活動開始。
カウンセリングルームSoraヒプノセラピスト養成コース修了。
全米催眠療法協会認定ヒプノセラピスト。

米国催眠療法協会発行認定証
米国ウェスレー大学文学部学士号
♦VISION(ビジョン)
私にとってのビジョンとは、私が到達したい場所です。
過去の自分と同じ悩みを抱えている人々を救い、光を与える。
♦ヒプノセラピスト、カウンセラー主催セミナー参加実績
2006年12月(東京)
カウンセラー 北端康良さん
・「感謝と幸せの法則」出版記念クリスマスセミナー
2007年(東京)
ヒプノセラピスト 角礼寿さん
・前世療法体験セミナー
2007年(東京)
ヒプノセラピスト 中島勇一さん
・ヒプノセラピーについて。セラピストとして大切なこと。
2008年1月(東京)
心理カウンセラー 矢野惣一さん
・光と影の法則。変化、癒しの法則
2008年8月(東京)
心理カウンセラー 矢野惣一さん
・「問題解決セラピー」出版記念セミナー。
2008年10月(東京)
セラピスト 石井裕之さん
・アンプラグド~遺書~東京国際フォーラム公演会
2009年7月(東京)
作家 本田健さん
・「どんな時代でも自分の夢を実現しよう!」感謝講演会
200910月(東京)
成功小説作家 犬飼ターボさん
・「マジカルワンド」セミナー
マイナス感情を解放する7つの「魔法の杖」
2009年11月(東京)
・HDC代表 レイア高橋さん
ホ・オポノポノ講習